数年前から気になっていた、江戸屋の「山羊毛(ヤギ毛) 靴ブラシ」を手に入れました。
山羊毛の靴ブラシは、一般的には鏡面仕上げのフィニッシング用として紹介されていることが多いですが、僕は靴クリームの仕上げ用に使いたくて購入。
初めて山羊毛ブラシを使ってみた結果、そこには予想もしなかった結果が待ち受けておりました。
数年越しに手に入れた江戸屋の山羊毛靴ブラシ
山羊毛ブラシの話をするにあたって、最初に靴ブラシの種類について簡単に説明しておきましょう。
靴磨きによく使われるブラシは、大きく分けて馬毛ブラシ・豚毛ブラシ・山羊毛ブラシの三種類です。
ブラシの種類 | 特徴 | 主な用途 |
---|---|---|
馬毛ブラシ | 柔らかく適度なコシがある | ホコリ落とし・ブラッシング |
豚毛ブラシ | 硬く油分をよく伸ばす | 靴クリームの塗布・なじませ |
山羊毛ブラシ | 非常に柔らかく繊細 | 最終仕上げ・艶出し |
僕は長らく江戸屋のブラシを愛用しています。品質が高く使い勝手も良いので、馬毛ブラシと豚毛ブラシは江戸屋のものをずっと愛用しております。
しかし、靴ブラシの中でも「山羊毛ブラシ」だけは持っていませんでした。
というのも、靴磨きをする上で山羊毛ブラシはマストアイテムではないとされていたので、買うのは後回しにしていたんですよね。
最終仕上げの艶出しは、以下のようなグローブクロスでも代用できましたから、無くても問題はなかったのです。
値段もまぁまぁ高いので、「そのうち余裕があるときに買おう」と思いながら、買わずに時が経っていきました。
江戸屋さんの中でも山羊毛ブラシは元々そんなに需要があるブラシではなかったみたいなんですが、靴磨きブームの影響で、山羊毛ブラシは徐々に人気が高騰。
しかしこの江戸屋の山羊毛ブラシ、他のブラシよりも作るのに時間がかかる上に作れる職人も限られているということから、ずっと品薄状態が続いていました。
そうこうしているうちに販売が一時停止してしまい、江戸屋の山羊毛ブラシは市場から姿を消し、入手困難な幻のブラシとなってしまったのです。
ずっと再販のタイミングを待ち続けていましたが、最近になって、ついに江戸屋ブラシオンラインで販売が再開。
またいつ入手困難になるかわからないんで、「今こそ買い時だ!」と思い、数年越しの思いで購入に至ったのであります。
鏡面磨きではなく靴磨きに使う
こちらが今回購入した、江戸屋の山羊毛ブラシ。
すごい量の山羊毛がみっしり詰まっており、手に取っただけでわかる品質の良さでちょっと感動しました。
さすがは江戸屋、期待を裏切らないどころか、期待を超えるクオリティ。
山羊毛ブラシは、「鏡面仕上げのフィニッシングに使う」と説明されていることが多いです。
実際、山羊毛ブラシについて調べると、ワックスを使った鏡面仕上げの際に使用する方法ばかりが目にとまります。
しかし、僕がこのブラシを購入したのは、靴クリームの仕上げに使いたかったからでした。
非常に柔らかな極上の手触り、これで靴磨きの仕上げをすれば、かなりいい艶が出るのではないかと期待しました。
ちなみに江戸屋やBrift Hのウェブサイトをよく読むと、山羊毛ブラシは「靴クリーム仕上げの際にも使える」と説明されているんで、この使い方は全然アリ。
僕が普段履いている革靴は、J.M. Weston(ジェイエムウエストン)の180ローファーと641ゴルフ、Tricker’s(トリッカーズ)のカントリーブーツ ストウです。
これらはいずれも、革靴の中ではカジュアルな部類の靴です。
僕はカジュアルな革靴に鏡面仕上げは似合わないと考えているので、僕は靴磨きをする際はワックスは使わず、靴クリームのみで仕上げています。
これまで、靴磨きのフィニッシング(最後の艶出しの工程)にはM.MOWBRAY(M.モゥブレィ)のグローブクロスを使っていました。
このグローブクロスを山羊毛ブラシに置き換えてみたらどうなるのか。実際に使って確かめてみました。
靴磨きの仕上げに使ってみて分かったこと
では、実際に山羊毛ブラシを靴磨きの仕上げに使ってみた結果を見てみましょう。
こちらJ.M. Westonの180ローファーで試した結果です。
左が靴磨き前、右が靴磨き後。靴磨き後の方が、ヌメっとした強い輝きが感じられます。
ワックスは使っておらず、仕上げはBrift Hのシュークリームのみ。
使用アイテムは以下の通りです。
靴磨きは以下の手順で行いました。
ちなみに最近の靴磨きは、このニトリル手袋をつけてやっております。
手袋をつけてやっている人って意外とあまり見かけないんですが、こうすると手が汚れず快適なのでおすすめ。
山羊毛ブラシを使ってみて、「これは面白い!」と思いました。
パッと見た感じでは、仕上がりはM.モゥブレィのグローブクロスで仕上げたときと大差ありません。
しかし、よくよく目を凝らしてみると、ほんのわずかですが仕上がりに違いがあることに気づきました。
グローブクロスを使った場合は、靴表面の凹凸部分にわずかな磨き残しやムラが生じます。
特に上の写真のようにデザイン上凹凸がある部分は、グローブクロスで磨ききれないことがあり、ほんの僅かな曇りみたいなものが残ることがあるのです。
一方、山羊毛ブラシを使った場合は、ブラシの毛が凹凸部分にもしっかり入り込むおかげで、どこを見ても一切ムラのない仕上がりになっています。
確かに、これはいいなぁと思いました。
と言っても、この違いはもはや写真や動画ではわからないレベル。超至近距離でじっくり観察しないと発見できないくらいの違いです。
革質が微妙に違うトリッカーズのストウでも試してみましたが、こっちはより違いが分かりづらい結果となりました。
磨いた本人にしかわからない程度の微細な差ですから、他人にはもうほとんどわからないはずです。
少なくとも、普通に靴を履いているだけでは、誰も違いに気付かないでしょう。
しかし、誰も気付かないくらいの違いしかないから意味がない、ではないのです。
こういうときに僕がいつも思い出すのは、ギリシャの彫刻家・フェイディアスの逸話です。
紀元前440年頃、彼はアテネのパルテノン神殿の庇に彫刻群を完成させました。
その際、アテネの会計官は「彫刻の背中は見えない。見えない部分まで彫って請求するとは何事か」と支払いを拒否しました。
これに対し、フェイディアスは「そんなことはない。神々の目が見ている」と答えました。
このエピソードは、プロフェッショナルとしての姿勢を象徴しています。人目に触れない部分であっても完璧を追求し、真摯に仕事に取り組むことの重要性を教えてくれています。
僕はこの話が結構好きで、いつもフェイディアスの名言を胸に秘めつつ、仕事や作業を行うようにしているんですよね(もちろんこのブログも)。
山羊毛ブラシの仕上げも、まさにこれと通じるものを感じました。
たとえ他人にはわからないレベルの細かい部分でも、美術品レベルの完成度を追求する。
山羊毛ブラシは、そういう信念を体現する為の道具だと思えたのです。
磨き、その先へ
山羊毛ブラシを使った靴磨きは、もはや自己満足の世界かもしれません。しかし、だからこそ奥が深く面白い。
今回、僕は山羊毛ブラシを通じて、靴磨きの先にある新たな楽しみ方に到達できた気がします。
単に見栄えを良くするだけの他者の目を意識した靴磨きとはちょっと違う、自分の理想を追求する靴磨きです。
山羊毛ブラシでの仕上げは、自分にしかわからないレベルの違いでしかありませんが、それをとことん突き詰めるというのが結構楽しいということに気がつきました。
これはもはや哲学のようなものかもしれません。
「綺麗な艶が出るといいな」くらいの気持ちで購入した山羊毛ブラシでしたが、まさかこんな悟りを得るきっかけになろうとは思いませんでした(笑)
単なる靴磨きを超えた先にあるもの。江戸屋の山羊毛ブラシは、それを追求する面白さに気付かせてくれました。
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