不思議なことに、生成AIを使えば使うほど、自分の中でAIを使わない力も伸びているように感じます。
もう少し正確に表現すると、「生成AIやデジタルを使わずに考える力」が伸びているような感覚があるんですよね。
他の人にもこういった感覚があるのかは謎ですが、今回はこの不思議現象について深ぼってみたいと思います。
真逆の現象

生成AI(以降AIと表記します)の話題を語るにあたり、前提としてまず僕の立場を紹介しておきましょう。
僕はAI活用推進派です。そもそも仕事でAI活用を推進しており、利用率で社内上位に食い込むくらいにはAIを使っております。
プライベートではブログ執筆には使っていませんが、その他の用途ならよく使っている感じですね。
使い方は世間一般と大差ないと思いますが、もし違いがあるとすれば、AIを教える立場としてAIに関する学習や思考の頻度がほんの少し多かったということくらいかなと思います。
そんな感じでここ数年はずっとAIに触れ続けてきているから、AIを使いこなす力みたいなのは身についてきていると実感しています。

ただ面白いのが、それと同時にAIだけじゃなくアナログで考える力も伸びているという点です。
例えば、紙とペンで思考する、紙の本を読んで考察するなど、AIやデジタルを使わない方法での思考力や発想力も高まっているんですよね。
最近、万年筆や手帳を買った話をブログに書きましたが、こういったアナログなツールに手が伸びているのは、まさにこれが理由。
AIを使っていると思考力が衰えて馬鹿になっていくんじゃないかと思っていましたが、真逆の現象が起きていてちょっと驚いています。
筋肉の違い

こうなったのは、「使っている筋肉の違い」を意識するようになったからではないかと思います。
例えば、検索する(ググる)とき。
従来の検索エンジンを使った検索では、得たい情報に辿り着く為のキーワードを発想する力や、検索一覧から求める情報を探し出す能力が求められます。
それに対してAIを使った検索に求められるのは、得たいものを文章などで表現する力や、何をどういう形で出力させるかなどの問いや要件を定義する能力。
つまり、ググるのがSearch(探し回る)であるのに対して、AIで調べるのはTeach(教えてもらう)に近いということ。
※Teachは「教える」という意味だけど、サーチとティーチで語感が良いからあえてTeachと表記。
探し回るのと教えてもらうのでは、“別の筋肉(能力)”が必要です。

「教えてもらう」と言うと簡単なように聞こえますが、上手に教えてもらうには何をどう教えてもらいたいかを表現し、希望のアウトプットを思い描き、それが得られるような指示を逆算して発想しなければなりません。
これがSearchとは全く違う能力であることは言わずもがな。だから、AIをSearchの延長でなんとなく使っている人は、アウトプットが微妙なことが多いのです。
ここで重要なのは、「Search(探し回る)」のも「Teach(教えてもらう)」のも、どちらも立派なスキルであるということです。
AIと万年筆

そう考えれば、AI検索は従来の検索の上位互換などではないことが分かるかと思います。
筋トレで例えれば、そもそも鍛える部位や種目が違うという話。同じ土俵で比較するものではないということです。
これに気がつくと、同様に「アナログ」と「デジタル」の間にも”使う筋肉の違い”が存在していることが感じ取れるようになりました。
以下のような本が理解を深めるのに役立ちましたが、「手書きとタイピング」「紙の本と電子書籍」などには、優劣というより使う筋肉の違いがあるんですよね。
僕は今までどちらかというと「デジタル」に寄っていましたが、使う筋肉の違いを意識するようになってから、「アナログ」と「デジタル」の両方をフル活用するようになりました。
だから今の僕は、AIも万年筆も同じくらい使っています。

アナログとデジタルで色んな筋肉を使うようになったからか、自分の中で”脳力”がグイッと右肩上がりに上がっている感じがしています。
以前より物事を深く考えることができるようになったし、発想の幅もより広がっているような感覚があるんですよね。
どちらか一方だけを使っていたらこうはならなかった気がしていて、AIを使う能力を高めると同時に、AIを使わない能力を高めたからこそ、今の状態に至ったのではないかと自己分析しています。
アインシュタインが現代に生きていたら

ここで僕の好きな逸話をご紹介しましょう。
20世紀最大の物理学者・アインシュタインは、「研究室はどこですか?」と問われた際、胸ポケットの万年筆を指して「ここです」と答えた。
めちゃくちゃカッコいいですよね(僕もいつか言ってみたいと思って、いつも胸ポケットに万年筆を忍ばせています 笑)。
もしアインシュタインが現代に生きていて同じ質問をされたら、胸ポケットから万年筆とスマホを取り出して同じ回答をしたんじゃないでしょうか。
僕の勝手な想像ですが、アインシュタインはアナログとデジタルを上手く使い分けて、思考の補助ツールとして使っている姿が目に浮かびました。
そして、僕はそういうのが目指すべき姿なんじゃないかという気がしています。

AI推進と言うとアナログからの卒業みたいなイメージをする人も多いと思いますが、卒業ではなくアナログとデジタルを高度に使いこなせる両使いを目指した方がいい。
少なくとも僕は、AIだけを使っていた時期より、AIも万年筆も両方使っている今の方が格段に能力アップしている実感があります。
OpenAI(ChatGPTの会社)のCEO サム・アルトマンだって、AIを使いつつ、ペンとメモ帳というアナログアイテムを使い倒していますからね。
こういうAI+アナログのスタイルを何と言うんでしょうね。AI+Analog=AInalog(アイナログ)とでも名付けましょうか。
最近はどうしてもAIにばかり目が行きがちですが、AIを使わないところで伸びる力もあります。
両方のいいとこ取りをするAInalog(アイナログ)スタイルで、AIを使う力・AIを使わない力、双方を鍛えていきたいものです。





























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